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震災から15年、三陸鉄道に乗って復興の旅へ
2011年3月11日。あの日、三陸沿岸は想像を絶する津波に呑み込まれた。高台から海を見下ろすように走っていた三陸鉄道の線路も、低地を走る区間では根こそぎ流され、駅舎は壊れ、橋桁は消えた。あれから15年が経った。線路はすべて復旧し、今や盛(さかり)駅から久慈駅まで、総延長163キロメートルを一本のレールがつなぐリアス線として生まれ変わった。列車の窓越しに広がる三陸の海を眺めながら、この旅は始まる。
三陸鉄道リアス線は、岩手県の大船渡市にある盛駅を起点に、釜石、宮古を経由して久慈までを結ぶ。震災前は南リアス線・北リアス線という二つの路線に分かれていたが、JR山田線の被災区間を三陸鉄道が引き受ける形で2019年3月に全線が開通し、現在のリアス線が誕生した。この路線の開通は単なる交通の復旧ではなく、沿岸に点在する町々をひとつに結ぶ「復興の象徴」として、地元の人々に深く刻まれている。

盛駅から旅をスタート――静かなたたずまいの出発点
旅の始まりは盛駅。大船渡線のBRT(バス高速輸送システム)との接続駅でもあるこの小さな駅は、コンクリートと木材を組み合わせたシンプルな駅舎が印象的だ。ホームに立つと潮の匂いが漂い、遠くにリアスの山並みが見える。観光客の姿もあるが、地元の高校生や買い物帰りの老婦人が当たり前のように列車を待っている。生活の路線としての顔がここにある。
盛駅には「さんりく」と書かれたロゴが各所に配されており、震災の記憶を丁寧に残しながらも、未来に向けた明るさが漂う。駅の周辺には復興商店街や地元の水産業者が並び、出発前に大船渡産のサンマ缶詰や昆布を土産に買い込む旅人の姿も見られる。列車の発車まで少し時間があれば、駅前を散策してみるといい。復興の歩みを刻んだモニュメントや、海を望む高台への散策路も整備されている。
恋し浜駅――日本一小さな駅の、大きな願い
盛駅を出発した列車は、穏やかな湾を縫うように走り始める。しばらくすると、リアス線で最も小さな、そしておそらく日本で最もロマンチックな無人駅のひとつ「恋し浜駅」に差し掛かる。ホームにはホタテの貝殻に願い事を書いてかけるための板が設けられており、全国から訪れたカップルや旅人が書いた無数の貝殻がびっしりと並ぶ。その数は年々増え続け、今や駅全体が貝殻に包まれているかのような独特の景観を形成している。

恋し浜という地名は、かつてこの地に伝わる伝説に由来するとも言われる。いずれにせよ、この小さな無人駅に降り立つと、波音と風の音だけが聞こえ、世界から切り離されたような静けさの中に包まれる。津波の被害を受けながらも、地元住民の手によって駅は守られ、貝殻の掲示板も再び整備された。震災後も変わらず人々の願いを受け止めるこの場所は、復興の象徴のひとつとして語られることが多い。列車の停車時間は短いが、一瞬でも外の空気を吸うだけで心が洗われる。
釜石へ――鉄と海と、ラグビーの町
恋し浜を過ぎると、やがて列車は釜石市街へと入っていく。釜石は近代日本の製鉄発祥の地として知られ、かつては新日本製鐵(現・日本製鉄)の巨大な高炉が海沿いにそびえていた工業都市だ。しかし2011年の津波はこの街も深く傷つけた。それでも釜石は立ち上がった。ラグビーワールドカップ2019の開催地となったことは、その復興の歩みを世界に示す大きな出来事だった。
釜石駅周辺には、復興のシンボルとして整備された「釜石鉄の歴史館」や、ラグビーの歴史を伝えるモニュメントが点在する。また、釜石大観音は高台から湾全体を見下ろし、震災犠牲者を静かに弔い続けている。リアス線の旅の途中で釜石に立ち寄り、町を歩いてみることを強くおすすめしたい。商店街の復興の様子、漁港から届く新鮮な海の幸を使った食堂の看板、そして地元の人々の笑顔が、この町の現在をありありと伝えてくれる。
釜石での食事なら、地元の漁師たちが愛する「釜石ラーメン」を外せない。透き通った醤油スープに細縮れ麺が特徴で、シンプルながらも海沿いの街らしいうまみが凝縮されている。駅から歩いて数分の商店街には老舗のラーメン店が数軒並んでおり、昼時には地元客で賑わう。旅の疲れを癒すには、この一杯がなによりの薬になる。

宮古・浄土ヶ浜、そして山田湾の風景――リアス線が描く絶景回廊
釜石を出発した列車は、いよいよかつてJR山田線だった区間へと入っていく。この区間は震災で壊滅的な被害を受け、長年にわたって不通となっていた。2019年にようやく三陸鉄道へ移管・復旧が実現し、リアス線として再生したこの区間は、沿線に山田湾や船越湾など変化に富んだリアスの海岸美を連ねる。窓の外の景色は、トンネルを抜けるたびに表情を変え、旅人を飽きさせない。
山田町に近づくと、車窓には穏やかな入り江が広がり始める。山田湾はカキやホタテの養殖で知られ、いかだがぽつぽつと浮かぶ静かな漁村の風景は、日本の原風景と呼ぶにふさわしい。震災前にはこの景色を見ようと多くの写真家や旅人が訪れていたが、津波が漁村を根こそぎ奪った。今、再建された家々と養殖いかだが並ぶ風景は、復興の現在地をそのままに映し出している。
宮古駅――リアス線の中間点に広がる港町
リアス線の旅の折り返し点とも言えるのが宮古市だ。宮古は岩手県沿岸最大の都市で、漁業と水産加工業が盛んな港町でもある。宮古駅はリアス線の途中駅の中で最も規模が大きく、観光案内所や土産物店も充実している。旅の疲れを癒すための休憩や、ご当地グルメの探索にはうってつけの場所だ。
宮古といえば、何といっても「瓶ドン」が話題だ。透明な瓶の底に新鮮な魚介類を盛り付けたこの丼は、宮古観光の目玉グルメとして全国から注目を集めている。ウニ・イクラ・ホタテなど、その日水揚げされた旬の魚介がたっぷりと詰め込まれており、ご飯の上にひっくり返してかけていただく演出が話題を呼んだ。駅周辺には瓶ドンを提供する飲食店が数軒あり、事前に予約するか早めに訪れることをおすすめしたい。地元の食材をふんだんに使ったこの一品は、三陸の海の豊かさをまざまざと実感させてくれる。
宮古でもう一つ外せないのが「磯ラーメン」だ。昆布と煮干しで丁寧にとったスープに、ホタテやワカメ、地元産の魚介をのせた一杯は、海の街ならではのうまみが凝縮されている。宮古市内には長年愛されてきた磯ラーメンの老舗が点在し、観光客だけでなく地元のリピーターも多い。瓶ドンと磯ラーメン、どちらも欲張りたい旅人には、ランチに瓶ドン、おやつ代わりに小ぶりのラーメンという食べ方も現地では見かけられる。
浄土ヶ浜――三陸を代表する絶景の聖地へ
宮古に来たならば、浄土ヶ浜への足を運ばずに帰ることはできない。宮古駅からバスで約20分、白い流紋岩が林立する奇岩の海岸は、「さながら極楽浄土のごとし」と称されたその美しさから「浄土ヶ浜」の名がついた。エメラルドグリーンの透明な海と白い岩肌のコントラストは、晴れた日には思わず声を失うほどに美しく、日本百景にも選ばれている。

震災では浄土ヶ浜も津波の影響を受け、周辺の施設や遊歩道が被害を受けた。しかしビジターセンターの再建や遊歩道の整備が着々と進み、現在はほぼ震災前の姿を取り戻している。青の洞窟と呼ばれる洞窟めぐりの遊覧船も復活しており、波穏やかな日には船の上から三陸の海の豊かさを体感することができる。浄土ヶ浜レストハウスでは、地元産ウニを使ったウニ丼やアワビの刺身定食なども提供されており、絶景とグルメを同時に楽しめる場所として旅人に愛されている。
田老・龍泉洞――ひとつ足を延ばす寄り道の旅
宮古から北に向かうリアス線の車窓に、かつて「万里の長城」と称された巨大な防潮堤で知られる田老地区が現れる。田老は過去に何度も津波の被害を受けてきた歴史を持つ土地であり、震災前から高さ10メートルを超える防潮堤で海から身を守っていた。しかし2011年の津波はその防潮堤をも乗り越え、多くの命が失われた。現在は「学ぶ津波防災」の地として語り部ガイドによるツアーが実施されており、震災の教訓を次世代に伝える取り組みが続いている。
また、宮古市内から少し内陸に入ったところには、日本三大鍾乳洞のひとつとして名高い「龍泉洞」がある。リアス線の旅と組み合わせて訪れる旅人も多く、地底湖の神秘的な青さは海の景色とはまた異なる感動を与えてくれる。宮古を拠点に一泊することで、浄土ヶ浜・田老・龍泉洞をゆっくりと巡ることができる。三陸の旅は、急がずじっくりと時間をかけるほど、その奥深さが増していく。

久慈へ――北三陸の終着駅と「あまちゃん」の町
宮古を出発したリアス線の列車は、いよいよ旅の終盤へと差し掛かる。野田村、普代村と、小さな漁村を縫うように北上していくこの区間は、観光客の数もぐっと少なくなり、地元の人々の生活路線としての色合いが濃くなる。窓の外には、切り立った岸壁と深い入り江が交互に現れ、リアス式海岸の地形美を間近に感じることができる。天気の良い日には、青く輝く太平洋が山の緑と鮮やかなコントラストを描き、何枚写真を撮っても飽き足りない絶景が続く。
普代村を過ぎると、やがて久慈市の市街地が近づいてくる。久慈は岩手県北部の中心都市であり、NHK連続テレビ小説「あまちゃん」の舞台となった「北三陸市」のモデルとなった町として全国的に知られるようになった。2013年に放映されたこのドラマは、地方の漁村を舞台にした人情喜劇として大きな反響を呼び、久慈への観光客が爆発的に増加する「あまちゃんブーム」を生み出した。震災から2年で放映されたこのドラマは、三陸沿岸の復興を後押しした存在としても語られることが多い。
久慈駅――終着点に漂うノスタルジーと活気
盛駅から数時間の鉄道旅を経て、ついに久慈駅に到着する。リアス線の終着駅である久慈駅は、こぢんまりとした駅舎ながら、「あまちゃん」関連のパネルや展示が随所に飾られ、独特のにぎわいを見せている。ドラマの放映から10年以上が経過した今も根強いファンが全国から訪れており、地元の人々もそれを温かく迎え入れている。駅のホームに降り立つと、潮風と列車のエンジン音が混ざり合い、長い旅の終わりにふさわしい余韻が漂う。

久慈駅周辺には、ドラマの撮影に使われたロケ地を巡るスポットが点在している。「北三陸鉄道」として劇中に登場した小袖海岸は、実際の久慈市の景勝地であり、切り立った断崖と青い海が印象的な場所だ。ここでは今も海女さんによるウニやアワビの素潜り漁が行われており、運が良ければその勇壮な姿を目にすることもできる。小袖海岸への行き方は久慈市の観光案内所で丁寧に教えてもらえるので、初めて訪れる旅人も安心だ。
久慈のご当地グルメ――まめぶ汁とウニ料理の深い味わい
久慈の食文化を語るうえで外せないのが「まめぶ汁」だ。小麦粉を練って作った団子の中に黒砂糖とクルミを包み込み、野菜や油揚げと一緒に醤油ベースの汁で煮込んだこの料理は、久慈市山形地区に伝わる郷土料理だ。甘みと塩気が合わさったその独特の味わいは、初めて食べる人には「不思議な汁物」と映ることも多いが、食べ進めるうちに不思議と箸が止まらなくなる。「あまちゃん」の劇中でも登場し、一躍全国に知られるようになった。
久慈市内の飲食店や道の駅「くじ」では、まめぶ汁を提供しているところが複数あり、観光客向けにお土産用の即席まめぶ汁セットも販売されている。自宅でも楽しみたい旅人には、ぜひ持ち帰ることをおすすめしたい。地元のお母さんたちが丁寧に作った手作りの味を、家族や友人と囲むひとときは旅の記憶をより豊かにしてくれる。

久慈のもう一つの名物は、やはりウニだ。三陸沿岸全体がウニの産地として名高いが、久慈沖で獲れるキタムラサキウニは特に風味豊かで、甘みと磯の香りが濃いと評判だ。旬の時期(概ね夏から初秋)に久慈を訪れると、地元の食堂や鮮魚店でウニをふんだんに使った丼や、ウニの瓶詰めなどを手に入れることができる。塩水ウニのパックはミョウバンを使わない分だけ素材の旨みが際立ち、一度食べると他のウニに戻れなくなるという旅人も少なくない。
三陸の旅が教えてくれること――風景の向こう側にある記憶
盛から久慈まで、三陸鉄道リアス線を全線乗り通す旅は、単なる観光旅行を超えた体験をもたらす。沿線には無数の慰霊碑が建ち、かつて集落があった場所には今も更地が広がっていることがある。列車の窓から見える防潮堤の巨大な壁は、美しいリアスの景観を遮るように延びており、それが旅人の心に複雑な感情を呼び起こすこともある。しかし同時に、復活した養殖いかだ、再建された駅舎、元気に働く漁師たちの姿が、沿線のいたるところで目に飛び込んでくる。
震災から15年、三陸の人々は悲しみを抱えながらも、自分たちの海と土地を愛し続けてきた。その営みが、今のリアス線沿岸の風景を形作っている。列車に揺られながら移り変わる車窓を眺めていると、復興とは何か、風景とは何か、そして旅とは何かを、静かに問いかけられているような気持ちになる。答えはそれぞれの旅人が自分自身の胸の中で見つけるものかもしれない。
三陸鉄道の旅は、春の桜、夏の碧い海、秋の紅葉、冬の荒波と、四季それぞれに異なる表情を見せてくれる。何度訪れても、その都度新たな発見がある。初めての旅人には、まず盛から久慈まで全線を乗り通すことをおすすめしたい。その長い旅路の中で、きっと自分だけの「三陸」を見つけることができるはずだ。復興の海を走る小さな列車は、今日も変わらず、あの海岸線を走り続けている。

